Ai's Story

彼氏にくっついてオーストラリアに行くか迷い中。

【中学+α・高校編】「牛車」を「乳母車」と言ってから人生が変わってしまった

 あいぼんです!今回も、私の事について書いていきます。

前回の記事は↓こちら!お時間がある方はこちらもぜひ♪

aita94.hateblo.jp

 

今回の記事では

「中学生の頃のことについての追記と

高校生時代のことについて話していきます。

 

中学生の頃のメンタル

中学生の頃から、私のメンタルは崩壊気味でした。

この頃に初めてリストカットというものをしています。

なぜ、リストカットを知ったのかもわかりませんが、親と喧嘩したときなんかむしゃくしゃして、なんか伝えたいことも伝えられないし、聞いてくれないし。

そんな気持ちでベットに寝っ転がって、一人で泣きながらリストカットをしていたことを今でも覚えています。

そのころは痛いのが怖かったため、そんなひどいリストカットはしませんでした。

 そのころからずーっと「生きる意味」「死にたい」などと思うようになりました。

親ともうまくいかないし、家族もなんか嫌い合ってるし怒鳴るし、関係が良くないし愚痴が絶えないし。

そんな中で自分がそこに存在している意味がわかんなくなったんでしょうね。

親にも昔一緒に寝たいー!って寄っていったら気持ち悪い!!って追い払われたこともあった。

あれはほんとにこたえた。

親となんとなく和解するまでこれから7年ぐらいかかりました。

 

女子高に入学

高校1年生

高校生になりました。

一から人間関係を気付きたい、いろんな人に会ってみたいという想いから、とにかく地元から離れて知り合いがいないような高校に進学することになりました。

女子しかいない、女子高でした。なぜ、自分が女子校に行くと決めたのかはわかりませんが、気付いたら入学していました。

 

1年生のころは、人を面白がらせようと必死でした。

人の機嫌とりに走り始めたんですね、このころ。

嵐が好きだったので、周りにはジャニーズ好きの友達が集まりました。

毎日ジャニーズの話をして、盛り上がり、人が求めるような面白い反応をするように努めてきて、嫌われないように必死にして、2年生になる頃、人間関係が崩れ始めてしまいました。

 

高校2年

一番仲が良かった子が他のグループの女子と仲良くしはじめました。

それを見てて、小学校の時のことを思い出しました。

小学校の頃、仲が良かった友達が自分より他の人と仲良くなりはじめて

嫉妬をしてしまい、仲が悪くなってしまったんです。

最終的にその子からは死ねって言われるまで悪化したのですが。

 

話を戻して、その高校で仲が一番よかった子が他の人のところに行くようになり

ある日、何かがプツンと切れてしまいました。

 

人に嫌われないためにしてきた機嫌取りが疲れたのと、

嫉妬で、自分の中のネガティブスイッチがオンに切り替わりました。

 

もう今となっては詳しく覚えていませんが、それでまた、過去と同じようにその女の子と喧嘩しました。

好きなんだけど、遠くに行かれて悲しい。

私は嫌われないように、気に入られるように必死だったのに、と。

 

その後、喧嘩をしたためその時属していたジャニーズの集まりのグループにいずらくなり

美人でモデルをするレベルの女の子と少しジャニーズに興味がある女の子と仲良くするようになりました。

なぜ、このメンバーがかたまったのかも全く覚えていません。

このメンバーでいるのも楽しかったのですが、

今度は気に食わないことが出てきました。

 

美人でモデルをするレベルの女の子が根っこから良い人すぎて嫌いになったのです。

一応、言うと私は「とんでもなく性格がひん曲がったヤツ」です。

あと、ドラマとか、漫画でいそうな性格の悪い女です。

真っ黒な人です。

今、そのモデルするレベルの女の子は実際にたぶん今モデル活動してるかと思います。

その子はすごいんです。

いつも笑顔、謙虚、人の悩み事を真剣に聞く、友達想い....。

私が欲しいものを全部持ってる子だったんですね。

おまけに、美人と。私は生粋のブスでございまして、もうとにかく隣にいることがしんどいレベルだったんですよね。

いつも、この子の純粋な言葉に触れてるとイライラしてたんです。

羨ましいと同時にどうしようもない気持ちがいつも湧き上がっていました。

私はこの子を最後まで好きになることはできませんでした。

彼女には本当に申し訳ないことをしました。

だって、なんだかんだいってずーっと仲良くしてくれて卒業まで話を聞いてくれたりしたんですから。

今彼女は他の大学に行き、沢山の友達に囲まれ、夢だった留学も果たしています。

Facebookでみる彼女はキラキラしています。とっても。

また、彼女にまつわる話はします。

高校の時の心残りといったらこの子なので。

 

高校3年生

3年生になり、1回生の頃から仲が良く、途中で仲が悪くなったあの女の子とどうしても仲直りがしたくなりました。

すごいですよね、超長期にわたる喧嘩です。

むこうも精神削られただろうし、私もだいぶ消耗してました。

この頃には腕を切ったら人にばれるから、足首を切りつけてました。

リスカならぬ、アシカ?違うか。絶対違う。レグカ?まぁそれはいいや。

今でもその時の傷跡は足にくっきりと残っています。

幸い足だったので全く気付かれることもありません。

 

で、その喧嘩してた子と確かなぜか体操服で、学校の階段で座り込んで話しました。

今思うと、なぜそんなところで話をしたのかさっぱりわかりません笑

しかもなんかたしか授業中か、体育祭の日かなんかなんですよ。

いやー意味が分からない。

それで、結果として仲直りはできました。

そこで彼女に言われたのは

「私はあいちゃんと仲良くしていいけど、私は他の子とも仲良くしたい。

あいちゃんが私と仲良くしたいなら、それはわかってほしいし

それができないのであればきっと仲良くできない」って。

うんうん。って聞いていました。

「なんならあいちゃんも私が仲良くしてることも仲良くなればいいよ」って言われたんだけど

もう1年ぐらい喧嘩してて、クラス中もそれを知っていたので

しかも、大半が彼女側の人間だったためいまさら仲良くするなんて選択肢はありませんでした。

だから、その人達と仲良くなることは最後までありませんでした。

 

一応仲直りしたものの、その後もクラスでの私への見方が気になったり

周りが本当にまだ敵にしか見えなくておびえる日々で

毎日学校に行くのは苦痛でした。はやく卒業したいって心から思ってました。

そして、卒業式の日、終わったらそそくさと帰りました。

とっても解放された気分でした。

 

高校生の時の私脳内、考え方

基本的に人が信用できないっていう人間でしたね。私。

あと、もうネガティブスイッチが入れば周りが全く見えませんでした。

しかも学校という枠に収められている上、そこ以外の出口が見つかりませんでした。

そのため、その小さな世界で何か悪いことが起こるとすぐ自暴自棄でした。

自分の居場所もない、クラスの人が怖い、隣のクラスまで噂がいっているのではないかなど悪いことが頭の中でひたすらリピートされました。

今思うと、狭い中でよく頑張ったなってかんじです。

 

もっとどこかに逃げ道はあったのではないだろうかと思います。

 

他にもいろいろと高校時代の悪いエピソードがありますが、また追って書きます。

 

次回は..?

次は大学生活での私について書きます。

この時もいろいろあった、人生で一番絶望して人生で一番楽しかったよくわからない時期です。

ではでは!!