ぼーっと女子

まともに勉強してこなかった大卒女がもがくブログ。

【小学生・中学生編】「牛車」を「乳母車」と言ってから人生が変わってしまった

こんばんは。あいぼんです。

突然ですが、私は自分が正しいと全く思えず今まで生きてきました。

今でも、ネット上の記事を見てこれって私を否定してるんじゃないかと不安を感じて、落ち込む日々です。

そんな私の過去を振り返ってみようと思います。

こうやって話すことで自分でも過去を受け入れられるように書いてみます。

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なぜ、こんなにも自分が選ぶ道に自信がないのだろうか

いつだって、私は自信がありません。

小学校の時から、自信はなくなっていっていたかもしれません。

ダンスをしていた小1~4あたりはたぶん自信がありました。何もとくになかったし。

でも小5、6あたりから、学校で浮いた発言(&今では考えられないほどの暴言を吐く)をしていて、小6の時にクラスの友達から無視をされるようになったり、友人関係でトラブルを抱え、下校時、登校時にその友達に遠くから死ね!とか叫ばれたことも何度か。

人間関係の構築をうまくできないことへの辛さ、

友達と仲が悪くなったのも、自分が素直に気持ちを伝えられなかったりして、変な方法で気持ちを伝えてしまったから

 

 

発言に自信がもてない。「牛車」を「乳母車」と言ってから

あと、私は自分の発言に極端に自信が持てません。

昔から、自分が言うことはだいたい間違っているのです。悲しいことに。

ことの発端は、小学生の時。確か歴史の授業で「牛車」の絵がのっているページがあり、これは何でしょうっていう質問が生徒に投げかけられた時でした。

私はこの頃、アピール大好き人間でした。よっぽど苦手な問題以外は手をあげてバリバリ発表する女の子でした。

私はその問題の答えに自信がありませんでした。でも、こうだったきがすると思って手をあげました。

すると、私があてられました。

私は勢いよく「うばぐるま」って言いました。

まぁ、今だからわかりますけど、違いますよね笑

で、うばぐるまって言って違うよってあっさり終わればよかったんですが、そうもいきませんでした。

クラスのみんなはそれが牛車って知ってたんです。

そして私は「うばぐるま」といった後、クラス全員に盛大に笑われました。

「なわけねーだろw」「馬鹿?w」などなど。

その時の光景、今でも覚えています。

頭が真っ白になりました。

そして席に座って顔があげられなくなりました。

その発言をしてしまってから、私は手を挙げること、発言をすることが怖くなりました。

間違うことが極端に怖くなったんですね。たぶん。

 

それから、小学校を卒業するまで発表はほぼできないままだったと思います。

発言することが怖くなったんです。確実にそれを理解していなくて会話をすることが死ぬほどいやになりました。

 

それでも、中学では生徒会に立候補。でもここでも嫌なことが。

小学校を卒業して、みんなおんなじ中学校へ入学しました。

私は小学校の年少のころから絵を描くことが好きでした。

犬夜叉が大好きで、犬夜叉の絵をかいたり、ちゃおのすららってやつも持ってました。

↑すらら。

元の絵を左側において、黒い板で反射したのをみながら、右側に絵をかくっていうなぞの....謎のおもちゃ?

で、こんなのはどうでもいいんですが

小学生高学年から中学校2年ぐらいまでアニメ大好き人間でした。

ですが、これがもとでクラスの人から嫌われたり、アニヲタって~といつも朝教室に入ったら言われる始末でした。(友達でアニメが好きだった子は堂々としてたけど、私はすごく辛かった)

なんか、好きなものを否定されて、アニメが好きってだけで気持ち悪いと言われ、当時の私はもう自信のカケラもなくなりました。

もとからなかったものが、さらになくなった感じです。

 

そんな自信がないなか、ある日先生に「生徒会にならない?」って言われました。

「え!?」って感じでした。

理由は、私がまじめなことと、声がでかいから。

この教師は声がでかいだけで生徒を生徒会にさせようとするのかと驚きました。

ですが、何を思ったのか「チャレンジしなくちゃ、だめなの!!」って思って、生徒会に立候補することになりました。

まぁ、中学の生徒会で役職的に争う人もいなかったので生徒会になれました。

結局2年間生徒会を続けましたが、最初は書記、次は広報委員長をしました。

 この生徒会活動の時も、ずーっと自信がありませんでした。

全校集会とかでみんなが体育館に集まる時、生徒会が大声出して並べるんですよね。

その時自分は声が大きいからって言われていたので頑張って声を出してみんなを揃えていました。

でも、自信がずっとなくて、強くいって嫌われたらどうしよう

ウザがられてるよね、本当は言いたくないなと思いながらすごしていました。

 

そういえば陸上部に入っていました。砲丸投げ

あと、中学の時、走れもしないのに陸上部にはいってました。走るの嫌いです。

小学生の時に死ねとか言われた友達となぜか体験入部に一緒に行き、そこで砲丸を投げたら思いのほか飛んでいたらしく、スカウト状態でした。

なにか部活にははいらなくちゃと思っていたので入りましたが、嫌なことをいやいやしていたことに変わりはなく、常にストレスでパンパンでした。

部活のメンバーともうまくなじめず、学校での自信の無さも重なってか

毎日心臓が痛い日々でした。

本当に心臓がいたくて、学校にいて帰ってくるまでの間、ぎゅーっと心臓をしめつけるような痛みに3年ほど悩まされていました。

この痛みは高校にはいってから現在までストレスを感じた時以外怒らなくなったので、中学時代相当なストレスをあびて生活していたんだなぁと後になって思いました。

 

自分も自分で、部活が嫌ならさっさと辞めればよかった

私は上記で、部活、生徒会にも入っていたと言いました。

入っていたんですが、生徒会に入ったことにより部活のメンバーから「生徒会に行くのは部活に行きたくないからだろ?そんなに生きたくないなら辞めれば?」といわれるようになりました。

生徒会に入ったのは別に部活をさぼりたいからではありませんでした。

ですが、死ねって言ってきた友達と同じ部活で、走ることとか大っ嫌いなのに陸上部にいて、何もメリットのない中、部活を続けていたので、正直こんな無意味な部活は辞めたいと思っていました。

辞めたいと思っていたけれど、いざ辞めようかって考えると顧問の先生が怖いとか、今辞めたらなんか負けな気がするといって結局なぜか3年の頭ぐらいにやめました。

部活の引退は3年の夏大会に出てからなんですが、なんか耐えられなくなったのかその時にやめました。

 

無駄に精神を使ってしまったなぁと今では思います。

自分にとってストレスな友達と一緒に何時間もすごし

したくもない陸上部を続け

今それが役に立ったかといわれれば、ほぼないです。

学校での人間関係と、これに加えて家庭の問題で私はこの時期から死ぬことについて考えるようになってしまったので。

 

覚えている限り、中学からの家庭事情

私は、自分に自我?が芽生えてから、記憶ができるようになった段階でお父さんがいませんでした。(理由はまた後日)

お母さんのおばあちゃんとおじいちゃんの家で、お母さん、じじ、ばば、私で4人ぐらいをしていました。

 

お母さんは働いていたので、小学校の頃家にかえっているのはおばあちゃんでした。

おばあちゃん子なのかな?って今思いましたか?

 

いいえ、私はおばあちゃんっ子ではありません。

おばあちゃんは死ぬほど憎くく、嫌いな人間です。

 

おばあちゃんはごはんを作ってくれました

お小遣いもたまにくれていました

ですが、おばあちゃんは過去に自分が娘(私のお母さん)にしてきた栄光ばかりを語る人間でした。おじいちゃんが働らいてもなぜか家にお金いれないし、子どもが学校に行くためのお金も一銭も払わなかったからおばあちゃんが死ぬほど働いて子供を育て上げたんだと。

たぶん、すごいんですよ。すごいんですけど、私はこの人がなぜか大嫌いです。

自分が一番偉い、自分が一番頑張った、自分が一番正しいと言い張る人間なのです。

自分が一番働いてきたから自分を偉いと思っていらっしゃるようなんです。

ですが、私は中学の頃からそればっかり言い続けるおばあちゃんが嫌いでした。

そして、私のお母さんにも料理のことやら掃除のことやらなんやかんや怒鳴りつける姿を見ていたので、ばばを「お母さんに怒る悪者だ!ままを苦しめる人間だ!こいつ嫌い!」って思うようになりました。

 

ばばを嫌いになった。ままは?ままとの関係について

ごめんなさい、お母さんって書くのめんどいです。

ままって書きます。

 

中学あたりのままとの関係はすこぶるわるかったですね。

話をすれば必ず喧嘩をしていました。

私も私で頑固で部屋を掃除しなさいって言われても嫌だ、めんどくさいといじける人間でした。

片付けないと部屋をままに適当に掃除されたりして、さらに喧嘩になりました

私は怒鳴り散らしていました。

やめろやめろやめろやめろ!!!!!って

何で勝手にすると?なんでそんなんすると?っていっつも言ってました。

 

その他にも、ままと話をしても、それはダメと頭ごなしに言われたり

悪いことをしたりしても自分の言い分を聞いてくれなかったりして

部屋に閉じこもって家の物を投げたり、一軒家で木造の家の柱をミシミシ言いながらも蹴とばし続けたり、ガラスものを投げて親の部屋で破壊したり....。

 

いまでこそ、親との争いは減りましたが、私には根っこにヒステリックな要素があるので、この年になりましたがキレる?と何か訴えたいことがあってどうしようもなくなった時、同じ現象が起こります。

一人暮らしの家でもたまーに起きます。非常にしんどいです。

感情がどうしてもコントロールできないんですよね。

 

話は戻って、とにかくままとの関係はよくなかったです。

ばばのことも嫌いだし

じじは無口で喋らないし、一時期うつ病だったし

 

犬はいたけど、ヒステリックのせいで犬を殴りつけたりしたことがあって犬には嫌われています。

ほんとに、めちゃくちゃな女の子でした。今でも危険な部分はあるのですが....。

 

とりあえず、小学校、中学校編はここまでにします。

今改めて文章に起こすと、自分はとんでもないやつだったんだなぁと思ってしまいます。

 

次、これに関連した投稿をするときは、中学のことを少しと高校生の時の話をします。

高校の時も、なかなかいろんな意味で荒れていました。

 

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